わかりにくいのは、そう見せたいせい

 

 

わたしの推しはすごいのだ。


歌も、ダンスも、お芝居もトークもできる。

 

 

わたしの推しはすごいのだ。


特技だってたくさんある。

ゲーム、マジック、けん玉。

 

 

わたしの推しはすごいのだ。


作詞作曲も得意。

ギターとピアノで弾き語りもできる。

 

 

わたしの推しはすごいのだ。


アイドル歴20年以上のベテランなのに、

今だってこんなにかっこよくて可愛い。

 

 

 

「アイドル」という職業、多種多様な人がいるからか

特定の個人を表すときは歌唱メン、ビジュアルメン、と「ある一つの突出した要素」をその人の代名詞として使ったりすることもあるが

彼はどの要素も優れているのに

どの要素も突出して見えないくらいに全てこなしてしまう、オール5のスーパースター。

 

 

 

 

ルックスでばっか勝負するヤツに
たぶん なりたくないんだ

 

 

 

 

そう、彼は器用なのだ。

どんなものも少し時間を与えればサラッとこなしちゃう。しかも確実に平均点以上のクオリティで。

 


平均点以上なんてもんじゃない。

時に「それ」を本業としている人々さえも軽々と超えてしまうほどの卓越した才能がある。

 

 

金色に輝く盾やトロフィーを

彼は人生でいくつ貰ったのだろうか。


音楽、芝居、エンターテイメント

どんな分野も彼がニコッと微笑んだら一撃

最強無敵のアイドルだ。

 

 

 

「器用な人は損をしがち」

「器用貧乏」


なんて言葉もあるが、彼はその器用で多才な一面をいつだって100%の力で発揮できるような「舞台」を自力で勝ち取ってくる。

 


あんなにも多方面に長けている才能を何一つ無駄にせず、余すことなく形にしてくれる。


形にするためなら自ら動く。作る。考える。

 

 

そんなところまで、

彼はとことん「器用」で。

そして意外にも泥臭くて貪欲だ。

 

 

 

 

くさらないで やることやるよ

キュートな心意気

 

 

 


わたしの推しはうそつきだ。


自宅は185階で常時フルオーケストラを配置しているらしい。

 

 

わたしの推しはうそつきだ。


給料はおにぎりで、ドローンで自宅まで運ばれてくるらしい。

 

 

わたしの推しはうそつきだ。


地下にダンスホール、お風呂はプールサイズ、全方位鏡張りのバク転専用部屋があるらしい。

 

 

わたしの推しはうそつきだ。


絶対に悲しいのに、絶対に寂しいのに、

どんなときだって彼は愉快な冗談を言いながらケラケラ笑うのだ。

 

 

 

彼はアイドル。

5人組のアイドルだ。

でも今は、色々な理由があり5分の1として活動をしている。

 

 

彼は誰よりも5人の空間を愛し、大切にしていた。

 


グループのために、メンバーのために。

どんな仕事も「5人」のために取り組んでいた。

 

 

 

悲しくないわけがない。

寂しくないわけがないのだ。

 

 


ただのファンであるわたしだってこんなにも寂しい。

当事者である彼は、きっともっと寂しい。

 

でも彼はいつだって笑うのだ。

 


活動休止なんて無かったかのように、

まるで今も5人が現在進行形で動いているかのように、

 

「普通」みたいな顔をして

いつもみたいに面白おかしく冗談を並べる。

 

 

 

『秘密やウソが人を救うことだってあると思うよ。』

 

 

 

そんな彼の言葉通り、

わたしは彼のくだらない嘘や冗談に何度も何度も助けられてきた。

どうしようもない悲しみを何回も乗り越えてきた。

 


だって彼はいつだって笑っているのだ。

 

 

 

 

ウソもつくし インチキしても

誰かを助けてる たまに

 

 

 


彼は意外にも楽観的。

 


頭の回転が速くていつでも冷静沈着。

どんな行動も完璧な戦略と計画を基に

確実に「勝ち」にいく。

 


慎重な性格だと思われがちだが、

そんな一面と肩を並べて

誰よりも前向きでポジティブな「ノリ」も共存している。

 

 

 

「まぁ、なんとかなるっしょ」


「未来がどうなるかなんてわからないけど

 とりあえずやってみようよ」

 


こんな感じの軽さ。

 

 

なんだって戦略立てて論理的に考えるのに、意外にノリで壁を超えられちゃうポジティブマインド。

 


そのくせ帰着点はいつだって完璧100点満点。

ほらね?わたしの推しは天才なのだ。

 

 

 

 

単細胞でいこうぜ

どうせ未来は手ごわい

 

 

 


わたしの推しは難しい。


もはや何が本当で、何が嘘なのかわからない。

 

 

わたしの推しは難しい。


賢くてあざとくて、全てが計算のように見えるのに

意外に根は天然だったりもする。

 

 

わたしの推しは難しい。


聞きたいことを質問しても、いつも3ミリくらい絶妙にズレたところから当たり障りのない言葉でするっとかわす。

 

 

わたしの推しは難しい。


自分の本心を、なかなか言葉にしてくれない。

 

 

 

でも、それでいいのだ。


わたしは彼を一生「わからない」ままでいいのだ。

 

 

彼が幸せならば、

彼が笑顔で生きられるのならば、

彼がファンに「知ってほしい」「見せたい」と思うものだけで、それだけでいい。

 

 

 

とっても器用で、ちょっぴり不器用。

 


これがわたしの推しである。

 

 

 

 

 

 


君の誕生日を祝うのは何回目だろうか?

 


祝日がない

雨ばかり降る

そんな憂鬱の詰め合わせみたいな6月を好きになれたのは君のおかげ。

 


2021年も、オジサンになっても、わたしの推しはずっとずっとかっこいいのだ。

 

 

 

 

わかりにくいのは そう見せたいせい

見かけだおしより いいでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 


世界一大好きな二宮和也くん

 


38歳のお誕生日おめでとう💖

 

 

2021/6/17

二宮和也の一途[It] 第2回『秘密』 感想

 

 

秘密にしているつもりはないのに、
自分のことはうまく答えられない。
言葉にするとウソになる気がするから

 

 

「1聞いても0.5しか返してくれない」

 

これは私が二宮くんを表すときによく使う言葉。

 

 

私達に教えてくれる「0.5」と

教えてくれない「0.5」が

あるのは何故だろう?

 

賢い二宮くん、

どんな要素も「意図的に」「何かを考えて」やっていると思われがちだけど、

 

どうやら彼は「秘密主義」ではないみたい。

 

第2回の一途のテーマは「秘密」

 

ウソが苦手な優しいウソつきのお話。

 

 

「無意識でいる時ほど、何かあったの?ってよく聞かれるけど、何もないよ……。

教えてって言われれば、なんでも答えるよ!きのうの夜は錦戸とふたりで夜中3時まで飲んで4時までゲーム。朝は二度寝してからココに来て、それから……」

 

 

二宮和也の秘められたものを知りたい」

 

二宮くんに興味を持った人間ならば必ず生まれるこの思考。

これを連載の2回目ですぐにぶちこんでくる一途、恐るべし…

 

 

知りたいのはそういうことではなくて、

たぶん、もっと彼の心の奥

 

 

「なんでも答えるよ!」の具体例が

「錦戸と飲んだ」「朝までゲームをした」

というものになる二宮くん

 

彼は質問への答えでこのような「趣旨は合っているけど聞きたいこととは絶妙にズレている」具体例を出すことがしばしばある。

 

これが

意図的に「はぐらかす」目的で言っているのか、

それとも純粋に「天然」なのか、

私は未だにわからないのである。

 

 

「何かを秘密にしているつもりはないけど、

自分について聞かれても、うまく答えられないことは多い。

たぶん、根っから自分に興味がないからだろうね。」

 

 

なるほど、

「うまく答えられない」という自覚はあるらしい。

 

 

「どういう人間ですか?って聞かれても、

こっちが教えてほしいよって(笑)

自分のことを全然考えないから、

オレはこう!みたいな自我もないの。」

 

 

あんなにも俯瞰的な視点に長けていて、

自分自身のことも全て知り尽くしていそうに見えて

意外にも自分のことは「わからない」二宮くん。

 

自分に興味がないのにあんなにもセルフプロデュースが上手いのはどういうことなのだろうか…

 

いつだって完璧に可愛くかっこよく可憐に。

自分に興味がない彼が、自分が一番輝く「魅せ方」を知り尽くしている理由はきっと、

 

 

「子供の頃から、騒ぎまくって遊ぶ子供じゃなかったから。なんか自然と、人のことを感覚的に見ている習性はあるだろうね。」

 

 

自分のことを考えないぶん、他人を見ている。

 

そんな彼にとっての『二宮和也』は

「周りの人間が創り出すコンテンツ」なんだと、思う。

 

自我がない。自分に興味がない。

 

だからこそ、自分を求めてくれる人々の「愛」と「声」を手がかりに

「みんなが求めている二宮和也」を彼はパフォーマンスに換えて魅せてくれるのだ。

 

 

 

 

「お宝音源をあげるとしても事前に告知はしない。ハードルが上がっちゃう。費用対効果だよ。」

 

「2021年からは世間に求められた仕事を精一杯やっていきたい。俳優業にだけ拘っているわけではないし、もしかしたら来年からは雛壇にいるかもしれない。」

 

 

「嵐に還元できるかどうか」

「ファンは喜ぶかどうか」

そう、二宮くんの価値判断の基準はいつだって

「自分以外の"誰か"」であるように見える。

 

 

「極端な話、オレが明日死んでしまうという運命にあったとして、

それを打ち明けたところで誰が幸せになるの?

秘密やウソが人を救うこともあると思うよ。」

 

 

自分が明日死んでしまう運命にあったとして。

 

ゲスくてずるい私は、きっと周りの人々全員に言うと思う。

一度きりの人生、どうせなら「明日死ぬ」という事実さえもステータスとして行使したい。

「明日死ぬ」から好きな人が会ってくれるかもしれないし、

「明日死ぬ」から美味しいモノを食べさせてくれる人が居るかもしれない。

 

まさに新手の同情ビジネスである!!(最低で草)

 

 

この問いに「打ち明けない」と答える人間は、

きっと

「優しいウソ」を知っている「優しい人間」だ。

 

秘密を打ち明けること、想いを曝け出すこと、

それは時によって他人の「不幸」に繋がることがある。

 

二宮くんが出したこの極端な例えもそう。

「秘密を打ち明けて心が楽になった」

「死ぬ前に最後にみんなと会えた」

この場合、打ち明けたとして幸せになれるのはきっと「自分」だけなのだ。

 

 

「秘密やウソが人を救うこともあると思うよ。」

 

 

だからこそ、彼は活動休止を発表してからずっと

休止について「語らない」という姿勢で居たのだろうか、と今では少し思う。

 

私が少し前に言った『意図的に「はぐらかす」目的』という言葉、

これはきっと、彼にとって『優しいウソ』と同義。

 

 

そんな二宮くん、この続きにこんなことも言っています。

 

 

でも、最終的にウソは誰も救わない……?

う〜ん、難しいなぁ。

はぐらかしているつもりはないのに、矛盾してるね(笑)

 

 

どっちだよ!!(笑)

 

二宮くん、やはり少し天然なのでは?

 

 

 

賢くてちょっぴり不思議な二宮くん、

流星の絆』の撮影に奮闘中。

 

二宮和也の一途[It] 第1回『はじまり』 感想

 

 

何かが始まるってことは、同時に

いつかは終わりを迎えることでもある。

恋も仕事も嵐も永遠はないとしても……

ただ、その場、その瞬間を楽しみたい。

 

 

2021年4月、嵐が一旦の「終わり」を迎えてはや4ヶ月である。

 

「嵐が居なくなったらお前死ぬんじゃない?笑」

 

そんなことを昨年ずっと言われ続けていたが、

なんとびっくりまだ生きている。

なんなら嵐ファンの方々、活動休止なんてまるで無かったかのように毎日楽しそうにTwitterをしている。私も然り。

 

そんな私を含めた嵐ファンの姿を見ていると思う、

ヲタクの生命力の強さ

思い出の偉大さ

そして「再生」を信じる力

 

そう、嵐ファンが笑顔な理由、分かったのだ。

私たちは彼らをまだ"一旦の"終わりとしか思っていないからだ。

嵐はまだ物語の途中だ。

 

 

 

「海は嫌いなんだよな(笑)」

記念すべき連載のはじまりは、風の強い秋晴れのある日、横浜・大黒ふ頭にて。それは、きらきら輝く水面を見つめながらの第一声だった。

 

 

はじまりの言葉とは到底思えないネガティブな一言で「始まる」、そんなIt[一途]が私は大好きだった。

 

数年ぶりにTwitterのアカウントを作り再び飛び込んだ嵐ファン界隈、

昔と変わらないテンションと熱量の中で一つだけ違う部分を見つけた。

 

嵐、活動休止発表後に新規をめちゃくちゃ獲得している…!

 

マシュマロ(匿名の質問箱)で新規の方々からたくさんメッセージが来る。

おすすめのDVD、CD

見た方がいいドラマ、映画

過去のコンビエピソード

とにかく色々なことを聞かれる(楽しい)

 

その中で多かった声が

「Itをリアルタイムで追えていないから読んでみたいんです」

「二宮くんはItでどんなお話をしていたんですか」

というもの。

 

う〜ん……

 

これは難しい。色々と。

有料のコンテンツ、且つDVD等と違って今では手に入れられない(※"正規のルートでは購入できない"の意) ものを、どこまでどう伝えていいのかなぁ…

 

有料という共通点で考えると映画や小説もそうだ。

ああなるほど、全てを見せずに私の感想を軸としたレビューという形なら読んだことのない人にも届けられるかな?

 

ということで、私の主観・私の感性で語る「二宮和也のIt」をこのブログに記していくことにする。

 

 

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※注意

この文体のときは雑誌からの引用

そして「」  が付いている部分が二宮くんの言葉

それ以外は私の心の声

  把握よろしくです〜〜〜っ!

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新作のゲームを開封する瞬間から、映画のクランクインまで。

毎日、さまざまな"はじまり"がある。

ニノの人生を動かした"最大のはじまり"は、やはり、嵐としてデビューが決まった時のことだ。

 

 

もともとは裏方志望だった二宮くん。

脚本や演出の仕事をやりたかったらしい。

 

アイドル以外の選択肢が「演出」だったところから

表に立つ側だとしても、裏方だとしても、

二宮くんにとっての仕事の存在意義は「周りの人を楽しませること」なのかなぁ、なんてふと思う。

 

まさに、東山先輩が言ってくれていた通り

二宮くんは根っからの「エンターテイナー」なのだ。

 

 

「あらゆる仕事をして鍛えられてきたから、今はどんな色も受け入れられるし、

むしろなんでも受け入れられないなんてつまらないと思う。」

 

 

人前で喋ることも、歌うことも、踊ることも、演じることも。

本当の「やりたい」仕事では無かったのに、嵐の二宮くんはどんなときも心から楽しそうな姿を見せてくれる。

 

その根本にあるのは、きっと

「柔軟性」と「好奇心」

そして、

「人を楽しませたい」という気持ち

 

 

きっとこれもそう。

楽器を弾くのが大好きで、自作のソロをピアノやギターと共に歌うのを好んでいた二宮くんが可愛くお茶目に魔法のステッキ(と勝手に呼んでいる)を持ってMUSICを歌って踊ってくれたのも

インドアゲーマーで他人の私生活なんて全く興味のない二宮くんが他の4人と同じように毎週こまめにインスタのストーリーを更新してくれたのも

全ては「ファンが求めているから」という需要から来ているように思える。

 

そんな生き方をしていても「無理をしている」ようには見えないところがすごい。

それはきっと彼の「なんでも受け入れられないなんてつまらない」という柔軟性と好奇心がどんな仕事においても軸に在るからなのだと思う。

 

 

「心が動いたら素直に身を任せたいし、始まる時に終わりを考えたくもないよ。」

 

 

仕事も、恋愛も、人生も。

何事も終わりを恐れながら始めるなんてつまらない。

これは本当にそう。

 

 

「何かが始まるってことは同時に、いつかは終わりを迎えなきゃいけないことでもある。

ドラマの撮影も、この連載もそう。

だから、うれしいだけじゃなくてせつないよね。

基本、人生は儚い。」

 

 

あれ?

「終わりを考えたくもない」と言いながら

「いつかは終わりを迎えなきゃいけない」と言う二宮くん。

 

不思議。二宮くんってこういうとこある。

 

「人生は儚い」と言い切る彼は、当時25歳。

「終わり」を語るにしてはあまりにも若すぎるのに、まるで自身の「終わり」を知っているかのような言葉をたびたび口にする。

 

 

こんなアホみたいなことを考えてしまうくらい二宮くんの思考は常人とかけ離れていると感じる。

二宮くん、やはり未来人なのだろうか………

 

ちなみに、このとき撮影しているドラマは

2008年 TBS系列の「流星の絆

たくさんの人々が二宮和也という人間と出逢うキッカケとなった名作である。

 

このドラマが「名作」と呼ばれるようになることを、彼はまだ知らない。

 

 

「死ぬまで嵐でいられるとは思えないから、

何回コンサートできるのか考えると全然足りない気がするし。

でも、永遠はどこにもないとしてもね、

すべては、ただ、その時、その場を楽しめたらいいな。」

 

 

休止の日が近づいてもいつだって前向きな言葉しか口に出さず、完璧な笑顔を見せてくれた二宮くん

 

そんな二宮くんが、2020年12月31日、

活動休止前最後のコンサートの挨拶で一つだけわがままを言った。

 

「まだまだつっこみたかったし、もっともっといじりたかった。それが本音」

 

この言葉を聞いたときに、Itのこの回「はじまり」をふと思い出したのだ。

 

死ぬまでにできるコンサートの回数を想像して、

2008年の時点で「全然足りない」と言っていた二宮くん。

 

2020年、

コロナの影響で対面のイベントは軒並み中止

活動も縮小せざるを得なくなり紙芝居系YouTuberになった嵐(違います)

 

きっともっともっとやりたいこと、叶えたいことがたくさんあっただろうし

特にコンサートに対してはたくさん思うことがあったはずなのに

二宮くんが唯一口にしたわがままは「4人ともっと一緒に居たかった」という内容だったのだ。

 

雑誌のインタビューでも、作詞した歌の中でも

各所で二宮くんが何度も口にしていた

その時、その場を楽しむ

「今」を全力で愛す

という言葉たち。

そんな過去にも未来にも囚われずに「今」を生きる

二宮くんが、唯一教えてくれた過去を悔やむ・羨む"わがまま"が、今でも頭から離れない。

 

 

 

 

第一回「はじまり」

二宮和也 25歳

 

嵐が活動休止することも、結婚してパパになることも、彼はまだ知らない。

"愛しているから"が呪いになっちゃいないか?

 

 

 

 

二宮和也は不思議だ。


言葉が荒くて冷たそうな雰囲気を出しているのに、二宮担はみんな「二宮くんはファン想いだ」と言う。

 


二宮和也は不思議だ。


普通のアイドルよりも明らかにアンチは多いのに、外の世界に目を向けたら一般人からの好感度がめちゃくちゃ高い。

 


二宮和也は不思議だ。


どんなにつらいこと、悲しいことがあっても彼はいつも100点満点の笑顔を見せる。

 

 

 

 


二宮くんはアイドル。

歌って踊って、たくさんの人を笑顔にするのが彼のお仕事なのである。

 


歌もダンスも上手い、お芝居もできる、お口が達者で顔も良い

そんな魅力に惹かれて人々は二宮くんの虜になる。

 

 

 

 

二宮くんはちょっと難しい。

難しい言葉を使うわけではないけれど、どんな感情も「簡単」な言葉を組み合わせてわざと遠回しな「難しい」表現をするのだ。

 


そんな一面がきっとファンじゃない人からの「冷たそう」というイメージに繋がっているのだと思う。


二宮くんは歌、お芝居、顔などの外面の魅力はハッキリと「わかりやすく」受け取ることができるから「好きになる」のは簡単だけれど、この難解で繊細な「わかりにくい」性格を丸ごと全て理解するのは難しいのだ。そう、難しいのだ。

 

 

 

だから二宮くんには

「わかりたいと思ったけどわからなかった」

「そもそもわかろうとしなかった」

元ファンを名乗るアンチがたくさんいる。

 

 

 

 

好きと嫌いは紙一重

なんて言葉があるでしょ、まさにそれ。

 

 

 

 

彼女達のアンチ活動の原動力には過去に蓄積された「好き」があるのだ。

 

彼女達は二宮くんのことが「好き」だったのだ。

本気で愛していたからこそ、彼の変化に伴う「わからない」をそのままに出来なかったのだと思う。元々多くを語らない二宮くんの性格上、彼に何かしらの変化があっても自身では語らないのだ。

 


長く在籍しているグループが活動休止をしても

結婚をしても

お父さんになっても

どんな「変化」があっても二宮和也というアイドルは見た目も中身も態度も何も「変わらない」のだ。

 

 

 

彼女達はそんな彼がわからなくなってしまったんだ、きっと。

 

「好き」な気持ちが先行しすぎてしまった結果その愛は歪な形に変わり「嫌い」に到達してしまったのだろう、と、思う。

 

 

 

 


二宮くんは不思議だ。

 


「簡単」なのに「難しい」


「わかりやすい」のに「わかりにくい」


「変わっている」のに「変わらない」

 


だからこそ「好き」なのに「嫌い」なコミュニティを生成してしまっている。

 

 

 

バラエティで見せる一面は多少冷たく見えたとしても基本的に「愛想がいい」「面白い」

だからこそ二宮くんに特別な感情を抱いていない人にとっては彼は嫌いになる要素がない。(だから好感度は高いんだネ)

 

二宮くんへのヘイトはきっと「好き」を通り越さないと生まれないものなんだろうな、と私は思っている。

 

 

 

 


でも、

「だからしょうがない」なんておかしい話だ。

 


しょうがないわけがない。

二宮くんが幸せになることが「悪」になっていいわけがない。

これまでたくさんの人を笑顔にし、幸せにしてきた彼が 彼自身が。

「幸せを掴んではいけない」わけがない。

 

 

 

 

「好きだったから」

「ファンだから」

 

そんな肩書きが彼を傷つける言葉に繋がるのなら、その愛はただの我儘でしかないじゃないか。

呪いの言葉。この肩書きがあれば相手を傷つける言葉を並べてもいいという歪んだ正当性を作り上げる呪いの言葉だ。

 

 

 

 

「好き」の対義語は「嫌い」ではなく、「無関心」

 

昔どこかの偉い人がそう言っていたのを、最近推し活をする過程で身に沁みて感じるようになった。

 

 

 

 

みんな入り口は同じなのに、行き着く先が分かれてしまうのは何故なのか。

 

きっとそれが「二宮くん」だからだ。

それ以上でも以下でもない、そんな一面が彼の魅力なのだろう。

 


多方面の魅力があるからどの一面を一番に愛すかも受け手次第

難解で繊細な性格ゆえに生まれる「わかりにくい言葉」をどう解釈するかも受け手次第

 


だからこそ行き着く先にヘイトが生まれてしまう人間もたくさんいるのだ。

 

 

 

 


きっとそんな現状を二宮くんは全く気にしていない。


彼はあんなに可愛い顔をしているのに、誰よりも強く逞しいのだ。だからどんなときも変わらずに、明るく楽しく笑っている。

いや、本当は「強く逞しい自分」に見えるようにマイナスな感情は裏側に頑張って押し込んでいるのかもしれない。

二宮くんは裏での努力や苦労を見せびらかすことを嫌う人なのだ。

 

 

 

 


二宮くん、誰よりも幸せでいてほしいなぁ。

 


彼が裏側に抱える感情を「ファンに見せたくない」と思うのならば、その考えを私は尊重するし

裏側まで変に想像しすぎたり、求めすぎたりはしない。


二宮くんが「見せたい」という意思を持って私達に与えてくれる、「アイドルの二宮和也」を私はずっと愛していきたい。

 


でも、やっぱりどんなときも笑っていてほしいのだ。

 

見えない裏側も、完璧な表側も、どんなときも彼の生きる世界が幸せなものであってほしいのだ。

二宮くんが大好きだから、1ミリも悲しい思いをしてほしくないし世界一幸せな人生を送ってほしいのだ。


私は二宮くんが大好き。

 

 

 

 

 

 

 

さぁどうだろう。

君の、私の、推しへの想いはどうだろう。

 


"愛しているから"が、

呪いになっちゃいないか?